さて具体的に正しい歩き方とはどのようなモーションを指すのでしょう。例えば、右足の踵が地面に接地してから、再び同じ右側の踵が接地するまでを歩行サイクルといいます。1歩行サイクルは1秒間という一瞬の時間ですが、その僅かの動きでさえ生体力学的に説明するには、おもわず閉口するぐらいのボリュームを要します。よって重要なポイントをしぼって説明します。

 
右下肢の歩行サイクル
踵接地期
足底接地期
立脚中期
蹴りだし期
趾尖離地期
遊脚中期
踵接地期
heel-strike
full forefoot load
midstance period

heel lift

toe off
  heel-strike
立 脚 相 stande phase (歩行周期の62%)

遊 脚 相 swing phase (歩行周期の38%)

*立脚中期は足底接地から踵離地とする。*立脚相を接地初期(踵接地)、荷重応答期(足底接地)、立脚中期、立脚終期(踵離地) *遊脚相を遊脚初期(加速期)、遊脚中期、遊脚終期(減速期)とする分類もある。

*推進期(propulsive period)をheel liftからtoeoffとする分類もある

 

まず写真左の「踵接地期」のポイントは、足関節が若干背屈していること。つまり足先が挙がっていることが大切です。このためには、股関節で約30度の屈曲と、膝関節の伸展(ほとんど完全に)が必要です。これができていると、「なんでもないところで引っかかって転倒した」 なんて事態も、今後避けることができるでしょう。 「足底接地期」から「蹴り出し期」にかけては、踵のやや外側で接地し、親指と2番目の指の間で蹴りだす、そんな感覚で歩いてみてください。「親指のあたりでうまく蹴れない」「力が外へ外へと逃げてしまう」このようなことがなければ大丈夫です。 臨床では、踵立方関節がロックする位置と距骨下関節の回内範囲は正常であるかどうかを主にチェックします。正常な範囲から大きく逸脱する場合は、その原因と改善方法あるいは処置について説明します。

最後に「遊脚相」です。後方からは、骨盤のモーション(回転・傾斜・外方への偏移)をチェックします。左下肢遊脚中期(右下肢立脚中期)では、骨盤は時計周りに回転・ツイストし、左骨盤は下方へ傾斜し、右下肢は内転、左下肢は外転(通常は約2.5p)するのが理想です。普段見慣れた歩行中のヒップの動きも、言葉に代えると難しいものです。左右の足の開き具合は5p位の間隔でよく、モデルさんのように一直線上を歩くような意識は必要ありません。皆さんは歩行練習中、脚の開きは別にして、骨盤のモーションは無視していただいて結構です。問題があるとすれば、あとはカイロプラクターの仕事となります。 あと足関節の背屈ができているかどうか気になります。問題がある場合、第3腓骨筋、長趾伸筋、前脛骨筋、長母趾伸筋等の働きを阻害する因子は何か調べることになります。

以上のモーションを一言であらわすと次のようになります。「体重を十分に分散して、身体を前方へ、安定して押し出すことできる。」これが理想的な足部の運動です。簡潔すぎますか?(笑)しかし、残念なことに誰もが練習によって正しい歩行を身につけられる訳ではありません。

今日、「歩き方教室」などで、正しい歩行を指導してもらえる場はずいぶんと増えてきたようです。しかし、身体の各部、とりわけ足部が正常に機能できない理由が存在すると、「かかと接地の際はつま先を挙げて、足の先は真っ直ぐにして歩きましょう」と指導を受け、頑張って練習を重ねても、残念ながら「正しい歩き方」の実践は難しいと言えるでしょう。正しく歩くことが出来ない原因が存在するのにもかかわらず、当人は分からないために無理な練習をしていることもあるのです。例えば、脛骨外捻の方に足の先を真っ直ぐ先を向けてもらうと下肢全体が内旋するので大変です。軽度の脛骨外捻ほど注意が必要ですね。もちろん指導する側に悪意はなく、ただそのような理由・メカニズムをご存知ないだけのこともあるでしょう。(注:足の先をまっすぐというのは、便宜上であり、実際は矢状面〈進行方向の面〉に対して5〜10度足の先が開くのはOKです。がに股歩きの方が多いのでこのような表現にしています。)

しかし、「歩行指導」は後天的に形成された「悪い歩き方」の癖を治すという点では、たいへん有益なものとなります。

日々の臨床では、身体に負担を強いる様々な歩き方が目につきます。なかでも多く見られるのが、着地(踵接地)の際につま先が挙がっていない「スケート歩き」(私はこのように呼んでいます)です。このような足の運び方をしていると、豪快に小石を蹴飛ばしなら歩いたり、なんでもない段差や道路の突起物でつまずき転倒して、前歯や腕を骨折したりする不幸に見舞われた方もおられます。歩行の際に「つま先が挙がっていたら」と悔やまれそうですが・・・。 (ほとんどの方はこのような見方ではなく、足元を注意して見ていたら、という発想になります。)

このような理由もあり当院でも歩行指導は重視しており、10年程前から専任のインストラクターが指導にあたっています。少し専門的になりますが歩行指導を重要視する理由のひとつ「プロプリオセプターのトレーニング(Propriocetive training)」をご紹介しましょう。 これは大脳皮質が覚えた運動パターンを足からの刺激で頭脳に再教育させることです。「お茶のお稽古、手が覚える」とよくいいますが、これも実際は、脳が覚えているのですね。すこし専門的になりますが、このトレーニングは、足部から中枢神経CNSに機械受容器的求心性の刺激を与える目的で行います。 このように利点も多くありますので、「歩き方教室」の存在を否定する訳ではありません。ただし、そこには足部の機能異常や外観からでは分からない解剖学的問題を見逃さないという前提も必要ではないかと私は考えます。

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