欧米発。

『安全は自分自身で守らねばならない』というアメリカで認められ、今や、世界第二の医療にまで発展したカイロプラクティック。

過去にさまざまな弾圧や批判を受けながらも、世界15カ国で法律によって認められるに至った背景には、CCEという教育審議会による教育基準づくりと、それに沿った教育を実践してきたカイロ専門大学の力に依るところが大きいであろう。そのハイレベルな教育・治療システム、保険制度という三つの視点での、カイロプラクティック最前線、アメリカからのレポートである。
この新しい潮流。まだ広く普及しているとは言えない日本では、驚きをもって受け止められるかも知れない。

文=中川貴雄 text by Takao Nakagawa D.C.

教育システム

政府ではなく、カイロプラクティック業界が自発的につくった教育審議会:CCE。この制度によって教育水準が格段の向上と進歩を遂げた 

1895年、ダニエル・デヴィッド・パーマーによって誕生したカイロプラクティックは、わずか100年足らずで世界第二の医療にまで発展しました。現在では世界中に約5万人のカイロプラクター(治療を行う人)が活躍し、世界で最も大きな手技医療として認められています。

法律によってカイロプラクティックが認められている国は、アメリカの他に、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ノルウェー、スイス、南アフリカ、ユーゴスラビア、スウェーデン等、15カ国、英米(commonlow)によってカイロプラクティックが認められている国はイギリス、デンマーク、オランダ等があります。

CCE(アメリカ政府公認カイロプラクティック教育審議会)が公認している大学は、アメリカに14校、カナダに1校、オーストラリアに1校(他の1校は申請中)、計16校あります。

CCEとは、1935年、カイロプラクティック教育を向上発展させるため、アメリカ政府ではなく、カイロプラクティック業界が、自発的につくり上げた教育審議会でした。この教育審議会のたゆまぬ努力によってのカイロプラクティック教育水準は大きく向上することになったのです。

そして、37年後、CCEの努力の結果としてカイロプラクティック教育の充実を確認したアメリカ政府は1972年、CCEを政府のカイロプラクティック教育認定機関として正式に認めたのでした。

この時を境に、CCEのカイロプラクティックに対する教育基準は、アメリカのカイロプラクティック教育基準として正式に効力を発揮し始め、CCEの考え方に賛同していたカイロプラクティック大学はもとより、最初はCCEに反対していたいくつかの大学もこの教育水準に合致するように教育システムを変えていったのです。

このアメリカのCCEの指導のもとに、カナダCCE、オーストラリアCCEという各国ごとに、その国の事情に合った形のカイロプラクティックの教育基準を発展させていくような試みが行われています。そして、CCEの基準に沿うようなカイロプラクティック大学が、フランス、スイス、にもできようとしています。

現在、CCEの教育基準に沿ったカイロプラクティック大学の教育システムは、次にようになっています。

カイロプラクティック大学入学志願者は入学前、大学あるいは短大で最低2年の一般教育(60単位以上)を終了していなければなりません。これは日本の教育システムでいえば、4年制大学の一般教養2年を終了していなければならないということです。

さらにこの教育期間中、解剖生物学、無機化学、有機化学、物理学、心理学、英語、社会学などの必須科目を指定単位以上取得しなければなりません。現在アメリカでカイロプラクティックを学んでいる日本人留学生のほとんどは、足りない単位をアメリカの大学あるいは短大で取得しています。いくつかの大学では、入学基準となる一般教育2年以上を4年とし、学生の質的向上を図ろうと計画しています。こうなると、カイロプラクティック大学を卒業するには高卒後、最低8年が必要となるということになります。

入学は、日本の受験制度と違い、一定の入学基準に達していれば、入学試験が無く面接だけで入学可能です。しかし、卒業するのは難しく、卒業できるのはクラスの3分の2というところです。アメリカ人でさえ3分の1が落第していくのですから、英語のハンディのある日本人留学生が授業についていくのは大変なことです。

入学後は、各大学によって少し異なりますが、5000時間前後の授業を4年間で終了するようなカリキュラムが組まれています。土・日曜日は休みとはいうものの、毎日16時まで授業がびっしりというような厳しいものです。おまけにほとんどが必須科目であり、選択の自由があまりなく限られたものになっています。

授業科目は、ほとんど医学部と変わりないものです。違っている点は、外科学や薬理学などの代わりにカイロプラクティック診断学、およびテクニックがあることです。

大学の中には一般に行われている科目ごとに教えるというシステムに疑問を覚え、学生がカイロプラクターとして実際に患者を治療するということを最重要問題として考え、臨床に即した授業を行えるようにカリキュラムを組み始めたところもあります。たとえば、椎間板というものを解剖学で学べば、それに加えて椎間板が異常を呈したとき、どの組織に影響があるか、それはX線でどのような変化として現れるのかというような授業が並行して進んでいきます。各々の科目を別個に勉強して、それを実際の臨床につなぐことができなかった学生が、このシステムによって効果的に治療というものを理解していくことができるように考えられています。

カイロプラクティックが、今、最も力を入れているのはカイロプラクティックの科学的研究です。カイロプラクティックは臨床という点から発展してきた学問です。そのため科学的研究に出遅れているということが指摘されていました。しかし、カイロプラクティックは科学的研究をおろそかにしているわけではありません。カイロプラクティック関係機関が個々に、また連携して科学的研究を行っています。ロサンゼルス大学での研究を例にとりますと、1990年には37の研究が進められています。その中にはカリフォルニア州立大学アーバイン校、サンディエゴ校の医師たちと協力している研究やバーモント州立大学やユタ州立大学と協力して行っている研究などがあります。

治療システム

かつて対立していた他の医療ともスムーズな交流がなされ、それぞれの適応症によって患者の紹介がなされている。

アメリカのカイロプラクターはプライマリー・ケア・プロバイダー(Primary care provider)といって、医師の指示が無くても患者の診断および治療にあたることができます。

カイロプラクターの行う治療は各州によって若干異なりますが、カイロプラクティックの治療システムは、投薬と手術の代わりにカイロプラクティック治療と栄養学的見地からの健康指導を行うということを除けば、一般の開業医院とあまり相違はありません。

カイロプラクターが治療をする場合、まず第一に検査を行わねばなりません。その結果をもとに診断を行い、カイロプラクティック治療を行います。

検査は、患者の訴えを聞き、整形学検査、神経学検査等の理学検査、X線検査、カイロプラクティック検査などを行います。X線CT、MRIや血液検査など、より詳しい検査が必要な場合は、病院や臨床検査施設に患者を送ります。病院などの施設はカイロプラクターからの検査の要請を拒むことができません。拒否することは法律で禁じられているからです。カイロプラクターは、これらの施設から直接送られてきた検査結果を参考にして診断を行っていきます。

診断は、病気の性格を知るための西洋医学的診断、病気を治療するためのカイロプラクティック的診断を行います。ここで、診断がカイロプラクティックの適応症であれば治療を行うことになります。診断が癌や伝染病、骨折などカイロプラクティックの適応症でなければ、それぞれの専門医に患者を紹介することになります。

カイロプラクティックの治療は、かつて行われていたような脊柱の矯正だけではありません。患者の訴えている症状を治療すると共に、患者が健康を保つことができるように、姿勢の矯正、運動の指導、栄養学的指導、生活指導などを行っています。

カイロプラクティックとかつて対立していた他の医療との交流もスムーズに行われるようになっています。歯科医とは、顎関節症候群における研究や治療で、その交流が行われています。医師とは、それぞれ適応症によって患者の紹介が行われるようになってきました。特に、内科医が筋肉・骨格系障害を訴える患者をカイロプラクターに紹介してくるというのは希ではありません。また精神科医や臨床心理医との間での交流も多くなってきました。専門医として、医師と同格でカイロプラクターを受け入れる病院も、徐々にその数を増やしつつあります。専門的な問題は、専門家にゆだねるという考え方だからです。カイロプラクターは筋肉・骨格系障害の専門家として、その地位を獲得しつつあるのです。

アメリカ国民は、近年、むやみやたらな投薬と手術に疑問を抱き始めました。また、自然に戻ろうという意識が、若者たちの間に広がり始めました。その結果として、医者離れが起こり、メスや薬を使わない自然療法としてのカイロプラクティックが注目を集めるようになってきています。

保険制度

医療と同格の診断権を持ち、全米で認められているカイロプラクティックは医師と同様に保険請求ができる。

「安全は自分自身で守らねばならない」というアメリカでは、自分自身の健康を守るため、健康保険においても個人が個々に加入しなければなりません。 国が国民の生活を守る国民健康保険のある日本と違い、アメリカでは国民健康制度がありません。そのかわりに、たくさんの保険会社が健康保険を扱っています。それらの健康保険は会社によって色々特長があり、種類によって加入費も異なっています。アメリカ国民は、自分の意志でたくさんの保険の中で自分に一番適した保険を選び、それに加入するわけです。

これらの保険は各州で定められた法律に従い、基本的な取り扱いが決定されています。医師と同格の診断権を持ち、全米で認められているカイロプラクティックは、医師と同様に保険請求ができます。保険会社は健康保険を取り扱う場合、カイロプラクティックを必ず含めなければなりません。それは日本の保険会社であっても例外ではありません。

皆さんがアメリカ旅の前に加入する日本の海外旅行者障害保険は、アメリカでのカイロプラクティック治療が認められています。これはカイロプラクティックがアメリカで保険請求を認められているため、たとえ認めていない国で発行された障害保険であっても、必ずカイロプラクティック治療を含めなければならないからです。

また、老人医療にもカイロプラクティックは貢献しています。アメリカ政府の取り扱うメディケアという老人保険は、カイロプラクティック治療を認めています。これは、カイロプラクティックが老人に対しても安全かつ有効であるということの証明でもあります。

しかし、近年、アメリカ政府の財形赤字のため、この老人保険の予算が大幅に削減され、カイロプラクティックだけでなく医師に対する制約も大きくなり、いくつもの大きな病院が倒産するという事態が生じています。それによって、健康に悩む老人に対する自己負担が増大し、大きな問題となっているのは残念なことです。

カイロプラクティックは、労災保険でも医師と同様に認められています。カイロプラクターは、それぞれの会社に出向き、社員に対して腰痛教室を開き、労働災害を減少させるというような地道な努力を行ってきました。その結果、いままで医師一辺倒でカイロプラクティックを認めていなかった大会社も少しずつその態度を改め、ある種の障害に対してカイロプラクティックの治療を推薦するところが増加しています。

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